幸せに暮らしたい日記

未経験を一つでも減らしてから死にたいのに、小心者すぎてスマホという窓を通してしか世界を見ることのできない日々をそろそろやめたい人の心の叫びとメモ

アルゲリッチは読書に向かない

 

昨日、夜の三条を歩いた

 

素敵な姿形をした恋人たちがたくさんいて、

 

こんなところに連れてきてくれる彼氏はセンスがいいな、

 

だけどわたしは男性と一緒に外を歩いてはいけない容姿だから、そんな気の利いたことしてくれる人とは付き合えないな、

 

だとかをぼんやり考えながら歩いた

 

 

しばらくして、なんだかここ歩いたことあるぞと思った

 

 

そしてそれは去年の今頃の話で、

 

隣には彼がいたこと、

 

ここのカフェ行ったことあるっけと言われて、行ってないのに勘違いして、一緒に行ったじゃない忘れないでよと主張したこと、

 

お昼を食べに入ったイタリアンで意地悪なことばかり言う彼の脛を爪先で小さく蹴飛ばしながら笑いあったこと

 

そういうことを一気に思い出した

 

 

去年は一人じゃなかったし、わたしもアベックでここを歩いたひとりだったんだと思った

 

わたしが知らないだけで、たぶん彼はこのアスファルトを何度も踏んでいるはずだと思うと、同じ道を歩いているかもしれないことが少しだけ嬉しくなったけれど、

 

わたしがひとりである事実には変わりなかった

 

急に寂しくなって早歩きをした

 

 

朝起きて着替えて、

洗濯機に通勤バッグを突っ込んだ後

 

顔も洗わずに、

ふらふらと近くのドトールに行った

 

 

川上未映子さんの

『すべて真夜中の恋人たち』を

今日こそ読みきろうと思っていた

 

 

むかしから、本との遭遇運?だけは

とても強い方だと思っているのだけど

今回もそうだった

 

と言っても、この本はかなり有名だし

今更読んだの?と言われそうで不安だけど

 

平易な文体でわかりやすくて

どこか、透き通るような感じ

 

そして、まさに今読まなくてはいけない本だった

 

 

とても印象に残っているのは

 

「どこまでが自分の感覚なのかわからなくなる」

 

という聖の話。

かなり共感した。

 

自分で作ったと思っている

"自分の"考えなんて

結局誰かの受け売りであったり

何かの映画や本に影響を受けていたり

 

そんなことばかりで

 

独自なんてそう容易くない

 

 

そう思うと

突然自分が空っぽになったような気がして

 

その辺でポイ捨てされてる空き缶と

同じような気がしてきて

 

やっぱりわたしの存在は

耐えられないほど軽いと思った

 

 

だけど主人公の入江冬子は

最後に

自分の言葉を見つける

 

それは聞いたことがありそうだけど

たしかに聞いたことがない言葉だし

だれも口にしたことがないんじゃないかと思う

 

読後感は、なんだかスッとした感じだった。

 

わたしは、

心の根っこはきっと冬子なのだけど、

聖で身体を覆っておかないと不安な人間だと思った

 

そして大概の人間は、

聖の部分も、冬子の部分も

持ち合わせていると思ったし

 

やっぱりわたしはどうしようもなく

どこにでもいる普通の人間でしかありえないのだと思った

 

 

 

わたしは本を読むときは

歌詞のない音楽を聴くのが好きで

だいたいピアノだけの曲を聴いているのだけど

 

そしてそれは

だいたいの場合サティなのだけど

 

今日はサティは嫌だった

 

かといってクラシックに明るいわけではないので

 

iTunesで見つけた、

アルゲリッチ子供の情景をかけてみることにした

 

アルゲリッチの雰囲気は知っていたけど

 

ここまで読書を阻害するものだとは思わなかった

 

わたしはアルゲリッチの表情のある弾き方が好きだし

よくわからないけど一般的に言われるように

とてもすごいピアニストだと思う

 

 

 

 

だけど、だめなのだ

そのせいで、読書に不向きなのだ

 

 

 

 

なんというか、

本のそれぞれのページに

色がついたようになってしまって

 

全く集中できない

 

 

そればかりか、

今後この本を読み返した時に、

無意識下で自動的にアルゲリッチが流れるようになるんじゃないかとか

この本をアルゲリッチの色に染めたいわけではないとか

 

そういう思いがどんどんわたしを不安にさせて

 

とにかく聴くのをやめた

 

 

そのあと、

本を読み進めるうちに登場した

グレングールドの子守唄とか

そういったものを聞いてみて

 

これは許せると思った

 

 

本に出てくるからという

単純な理由だったけど

グレングールドの子守唄は

とりあえずこの本を阻害しなかった

 

それでもやっぱり

わたしはイヤホンを耳から外した

 

 

そして結局、

ドトールのスピーカーからランダムに流れる音楽や

隣のおじさんのタバコに火をつける音

だれかがコーヒーカップをソーサーにカチャンと置く音

 

そういった音が読書には最適なのだと思った

 

 

自分の選んだ音楽で

その本を染めたくないことに気がついた日になった

 

人の話し声は嫌いだから

電車の中では仕方なく何かを聴くけれど

 

そういう時以外は日常の音が一番だと思った

 

 

 

どうでもいいけれど、

昨日は産業医の面談だった

 

だけど、産業医は医務室にいなくて

保健師のおばさんがいた

 

ご飯はちゃんと食べていますかと聞かれ

 

グラノーラの食べ過ぎは良くないことなどをとやかく言われ

 

酷く疲れた

 

すくなくとも、あなたよりお腹は出ていないし胸だって5カップくらい大きいだとか、

 

人の健康に口出しをする仕事になぜつこうと思ったんですか?と、

 

あとちょっとで言いそうになったけれど

(絶対言わないんだけど)

 

全く関係のないわたしに

 

あんなにもしつこく

栄養バランスの大切さを説いたり

将来のことを考えると健康は大事だ、

と言ったり

いつか子供を産むつもりなんでしょう?と

さも心配そうに、問いかけることは

 

たとえ仕事とはいえ、

わたしは死んでもしたくないので

 

少しだけ尊敬の念を抱いた

 

 

 

せっかくの三連休、何一つも予定がない

 

とにかく服を捨ててみたいと思っている