春がむずむずし始めるころ
白い靴が欲しくなるのはなぜだろう
去年も、その前の年も、
沈丁花や桃の香りをのせた夜風の中で
「白い靴を買わねば」
とはっきり思った
無印の真っ白のデッキシューズを買い
意気揚々と出かけた後
防水スプレーをかけ忘れたことに絶望し
七日もたてば、もういいや、と
自分の足で自分の足をよく踏む悪癖も
気にしなくなった
無印の真っ白のデッキシューズは
その後、4回ほどリピートした
そして毎回、真っ黒に履きつぶして
おじゃんにしてきた
でも、今年の私は違う
2020年3月における
私の人生に対する意気込みは違う
20代崖っぷち、気に入ったものには
尻込みせず足をつっこむことに決めた
すみません、
前置きはどうでもいいのです
kissa sportsのヒールアップスニーカー
を買ったと言いたいだけなのです
ついさっき買ったんです
YAHOOショッピングで買ったんです
まだ届いてないんです
土曜日に届くんです
奈落の底みたいな昨夜までだったけど
たった1万円の出費で
人の心には羽が生える
(まだ履いてないのに)
普段いつも履いているのは
CROWNの真っ黒のジャズシューズ
柔らかくて、大きさがちょうどよくて
そこそこフォーマルで
どこにでも履いていける
底はゴム製なので
雑に歩く私には
擦り切れないのがまた良くて
1年半ほど二日と開けず履いた結果
昨年末にとうとう側面に穴が開き
慌てて同じものを買いに走った
どんなに雑に扱っても
洗いざらしても
びくともせず
むしろ味わいが増すような
そんな物が好きなのだけど
壊れないものなんてない
人も、物も
壊れて初めて
慌てて同じものを買いに走る私は
今まで無意識に
誰かを傷つけてきたのだろうな
物は代替がきくけれど
人は無理だ
自分の体も
心を開けば開くほど
無遠慮になり
雑になり
粗野になり
わかっているのにね
人気のない夜道で
自分の息の跳ね返るマスクをもぎ取ったら
夜風が顔をさぁっと撫でた
ひんやり、心地いい
たまらなく春の匂い
肺いっぱいに吸い込んだら
胸がぎゅっと苦しくなって
涙が出る
ああ、もうどうでもいいな
2度目の円形脱毛症も
結婚できそうにないことも
子供が産めない体になるかもしれないことも
癌の赤ちゃんがいるかもしれないことも
たいしたことなかった自分の人生も
ずっと桜が咲かなければいい
ずっとつぼみを愛でていたい
ずっと春なんて来なければいい
ずっと春が来るのを待っていたい
白いスニーカーで
どこへいこうかって
ずっと考えていたい
なにもかも変わらないで
永遠に何も変わらないで
私を置いていかないで