幸せに暮らしたい日記

未経験を一つでも減らしてから死にたいのに、小心者すぎてスマホという窓を通してしか世界を見ることのできない日々をそろそろやめたい人の心の叫びとメモ

あの日のホタルを越えていけ

梅雨入りのころ、どこからともなく

ホタル情報が入ってくる

 

それはネットニュースだったり

Twitterの知らない誰かの投稿だったり

 

この季節になったからと言って

ホタルを思い出すわけではない

ホタル情報に触れて思い出している

 

一度、ホタルのことを思い出すと

ホタルのことが頭から離れなくなる

 

今年もやっぱり

ホタルが見たい。

どうしても。

 

 

 

使い古されて

ぼろ雑巾のような紋切り表現だとしても

あえて言おう

 

ホタルは儚い

 

水の中で1年生きて

成虫として飛び回れるのは

たった10日から2週間程度

口の機能が退化していて

水分以外、受け付けないらしい

(つまり死因は餓死!?)

 

その短い時間で、

恋人を探して

ふわふわふわと飛び回る

 

ぼーっと見てると

のんびり飛ぶやつがいたり

びゅーんと飛ぶやつがいたり

けっこう、個性的である

 

のんびり飛ぶやつと

びゅーんと飛ぶやつと

どっちがモテるんだろう

ホタル界では

 

 

さて、

なんでわたしは

ホタルと聞くと

観たくてたまらない衝動に

突き動かされるんだろう

 

 

おそらく

大学時代の恋人のせい(おかげ?)だ

 

彼は、ドライブが好きだった

彼との車の思い出がたくさんある

 

付き合う前には

ホームセンターに連れて行ってもらって

一緒に電気鍋を買ったり

(その日の夜に二人で鍋をしためでたくカップルに)

 

真夜中に終わったバイト先まで迎えに来て

ちょっと遠くのゲームセンターに連れて行ってくれたり

 

運転する彼の膝に頭をのせて怒られたり

 

大喧嘩して一言もしゃべらないまま

湧水地のおいしい水を汲んで帰ったり

 

運転してごらんと言われて

乗ってみたところ

思いっきり逆走して笑われたり

(怒らなかったから優しいよね)

 

楽しい思い出がいっぱいで

してもらったことばかり思い出して

書き出しながら

ちょっと泣きそうになってしまったけど

 

 

そのなかのひとつに

ホタルが入っている

 

 

六月のある夜、

ホタルを見に行くよといって

連れ出してくれたのだ

 

正直、虫大っ嫌いだし

その提案を受けたとき

自分がどんな反応をしたのか

覚えていない

 

だけど

そこで見たホタルが

今だに目に焼き付いて離れない

 

 

 

車を降りると

そこは街の明かりの届かない山の端

さわさわと流れる川の音

雨上がりの青い匂い

 

「ホタルおるかな」

「おらんかもしれんな」

 

そんなことを言いながら

川のほうへ足を進める

 

人影がちらほらしはじめた先に

 

 

「おった!!!!」

 

 

黄色い小さな光の丸が

暗闇を漂っている

 

嬉しくなって

少し細くなった川沿いの道を

ずんずん進んだ

 

いきなり川幅が広くなって

それまで近いところにあった

木の群生が遠くなった

 

ぱっと視界が開けて

その先を見上げると

 

 

ホタルのクリスマスツリーがあった

 

 

ホタルのクリスマスツリー以外の表現は

ちょっと思いつかない

 

大きな木立の周りを

無数のホタルが

点滅しながら

飛んだり

とどまったりしていた

 

 

あんまり綺麗で

何も言えなくなった

 

本当に綺麗だった

本当に本当に。

 

 

その年から、

毎年毎年、私は、

テレビやネットでホタル情報を見つけては

ホタルホタルとわめくようになった

 

そのたび彼は、

「またホタルね」と言いながら

連れて行ってくれた

 

時期や天候を外して

見れなかったこともあったと思う

正直、1回目以外の一緒に見たホタルのことは

覚えていない

何回見たかも覚えていない

 

あのホタルのクリスマスツリーを越えるホタルは

もう見られないんだとは思う

「初めて」という、精神的な面での感動も

あの光景をかなり底上げしているに違いないから

 

 

たぶんだけど、

「ホタル!」とわめいて連れて行ってくれた

彼とのやさしい記憶と

ホタルがリンクしているせいで

私はホタルを見に行きたくなるんじゃないか

 

 

その後、彼とはお別れしてしまったけど

いろんな人をホタルに誘った

だけどやっぱり、あんなホタルは見られない

 

 

なんで今日、こんなにも

ホタルホタルと言っているのかというと

昨日、恋人に

 

「わ~、今日ホタル見に行けばよかった、

 もう京都も飛んでるんだって」

 

と、さも残念そうに言ったところ

 

「ホタルなんかいつでも見られるやろ」

 

となんの感情もなく言い放たれたからである

 

「は!ふざけんな!ホタルは儚いんやぞ!」

 

と思って、ちょっと怒りがふつふつしている

 

こやつとは今後一生、

情緒的な面で分かり合えないのではないか、と

不安にさえなっている

 

なんなら去年は一緒に浴衣を着て

貴船神社にホタルを見に行ったのだ

 

貴船口駅からバスにも乗らずに

貴船神社まで歩き

その間にある蛍岩の前の立看板に書いてある和泉式部

「もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」

を一緒に読んで

その辺りを飛び交うホタルを見、

仲良く手をつないで帰ったのである!

 

なんだか、その思い出までもろとも踏みつけられたような

大変残念で悲しい想いでいっぱいなのである

所詮ホタルなんかどうでもいいんだろう!?

 

私はホタルが見たい

あの日を越えるホタルを見たい

見たいんだよ

越えてくれよ、頼むから

 

でもたぶん、あのホタルみたいに

わたしも、恋人にとっての何かを越えられないんだろう

 

はじめての告白とか

はじめての好きとか

はじめてのデートとか

はじめてのキスとか

はじめての抱擁とか

はじめての喧嘩とか

はじめての別れとか

 

はじめての強烈な美しさは

きっと誰にも越えられない

 

「思い出と戦っても勝てねえんだよ」

かの有名なプロレスラーの言葉がこだまする

 

越えられない。越えられない。

 

多分、三日後は、

恋人の元恋人の誕生日だ

 

今年は禊川のホタル、

見に行こうかな

 

私もいつまで

ここにいられるかわからないし